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恐怖心展、視てはいけない絵画展


12月28日まで開催中の、視てはいけない絵画展 に友達と行ってきた。おすすめ!

ひとつひとつバラバラな展示ではなく、見たことのある名前が再登場したり、別の絵画に登場した事件を想起させる説明文があったりと、進むごとにゾッとするような体験でとても面白かった。途中で少し前の絵画を見に戻ったりした。

ひとつ、「目」「視線」の持つ強さについて改めて考えさせられた。本展示のメインビジュアルにもなっている目元を緑の布テープで覆われた女性の絵画が、実物で見るとより不気味で素敵だった。
目が隠されていることで、その下に何があるかは鑑賞者にはわからず、想像するしかない。隠されていると余計に見たくなる。隠されているけど「そこにはある」という事実が惹きつけるんだろうか。
実際のテープの下はもうとっくに目がかすれたり塗りつぶされたりしてなくなってしまっている可能性もあるのに。隠れている段階では、何でもあり得る。仮にこれが普通に塗られていたら、その余白はなくなってしまうわけで。
家に飾られていたら、興味からテープを剥がして見てしまうかもしれない。そのあと何が起こるかは自己責任で。

実際にその場で鑑賞するからこそできる仕掛けもあり、考察を語り合いたくなるような展示で良かった。グッズの封筒が売り切れてしまっていたのが心残りなので、ぜひ後日通販や本にまとめるなどの形で公開してほしい。

前に恐怖心展 にも行ったのだけど、こういう展示は楽しい。人と行くことで互いの感想や気付きを話し合えるのが好き。展示に鳥がいたら怖かった。

人と話しながら見て回るのが楽しい展示だと思う。展示から話が広がるので、「これは怖くない」「これは無理」と、それぞれの怖さの基準や視点が違っていたりするのも面白い。友達と一緒に行くことで楽しさが倍だった!

以下、恐怖心展の展示内容に触れている感想。
説明書きがある展示だけでなく、てるてる坊主や通路の片隅の床に貼ってあるメモ書きなど、細かいところで恐怖を感じさせるのが流石だった。
私は採血で倒れてしまうので、あの映像は直視できませんでした。一番本能的に恐怖を感じて、視界に入った瞬間目を手で覆って見ないようにしていた。ちゃんと見たら倒れてしまう可能性がある。
時計の裏にいるかもしれない蜘蛛、という切り口も最悪でよかった。実際に蜘蛛がケージに入れられて展示されているのとはまたちがう。「居るかもしれない」「部屋という空間に存在しているかもしれない」という恐怖。一番騒いでしまった!
巨像単体については特に恐怖を感じないのだけれど、「『とてつもなく大きいもの』に対して『とてつもなく小さなもの』が在る」、ということに対しての漠然とした不安感がある。夢でもたまにある感覚。オモコロチャンネルの個人的 “恐怖症” 発表会 でARuFaが話していた内容に近いかも。

視線恐怖は感情移入できた。笑い声も同じ怖さだ。廊下を歩いていると、全員わたしのことをチラチラ見て笑っているような気がする感覚!
不快な音はあるが、赤ちゃんの鳴き声は平気だ。赤ちゃんは泣くことしかできないから。それより隣の部屋の喋り声(これも笑っていると嫌だ)などの方が、自分はキツい。あと食器を洗う音が苦手。

鏡は展示方法が面白かった。割れた鏡の上を歩く経験。ホラーを読んだあとは部屋の鏡を見れなくなる。
死に対する漠然とした恐怖も未だにある。幼い頃に、夜眠れずに死とは、宇宙とは、この世界とは、と考えて怖くなる感覚が、大人になってもそばにいる。

なんか、ずっと「かもしれない」の余白の話をしている。これが個人的に刺さる部分なのかもしれない。怪異は正体がわかると怖くなくなる。

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黒い丸ばっかりだ。

#展覧会
Category お出かけ
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